ピアニート公爵Presents「芸術からこぼれた表現たち~アニメ監督西村純二が自作を語る~」の聞き書き
前置き
- 2017年10月21日に海老名市文化会館で行われた『ピアニート公爵Presents「芸術からこぼれた表現たち~アニメ監督西村純二が自作を語る~」』の内容を、メモを元に再構成したもの
- 項目はおおよそ話の順に並んでいるが、遺漏や記憶違いによる内容の相違・前後がある可能性あり
- 進行役のピアニート公爵のコメントも多々あったが省略して西村監督の返答を中心にまとめた。ご容赦ください
- 〔〜〕は筆者による主観を含む補足
他の方の感想
前半
生い立ち
- 1955年(昭和30年)佐賀に生まれる
- 当時の佐賀ということで厳格なしつけを受けた。どんなに腹一杯でも飯は残すな、など
- 警察官の父を持ち転校を繰り返した(小学校を5回〔6回?〕、中学校を2回、高校を1回変えた)
- 中高では漫画の肉筆回覧誌を作ったりしていた
- 肉筆回覧誌は、取りまとめ役の人に自費で原稿を送って、製本した生原稿を数珠繋ぎに郵送して読んでいく、絶対の信頼があって成り立つ仕組み
- 豪華客船が霧に包まれてタイムスリップしてヴァイキングと遭遇し……という話のプロローグだけ描いた
- 〔当時の本が会場に展示されていたが監督の強い意向で読むことはできなかった。スタッフも中を見ていないとか〕
- 転校を繰り返すうち、どの学校に同じような役回りの子がいて同じような相関図ができることに気づいた。当時はそこまで深く考えなかったが。この発見は今の仕事に活きている
- 当時いじめられない立ち回りをするのにも役立った。優等生たちと教室の端でヘラヘラしてる子たちと両方のグループで友達を作っておくのがコツ
- 『グラスリップ』の駆は自分をモチーフにした部分がある〔とまでは言ってなかったか?繋がる要素はある程度のニュアンス〕
- 当時は石ノ森章太郎の『マンガ家入門』『マンガの描き方』などを読んだ〔マンガの描き方は手塚治の本か?〕
- 今アニメ演出の講師をやっているが、マンガ家入門の作劇法は今でも通用する
- 当時は映画の大手5社制度が変わり始めたころで、独立系の映画が東京でかかるようになった。地方には回ってこないので映画を見たくて高校を出て上京した
- 大学時代は豊島園あたりに住んでいた。6500円3畳1間テレビなし、当時としても安い
- 兄から当時創刊されたばかりの「ぴあ」をもらって、名画座に行っては映画を見ていた
- 名画座(二番館、三番館)はいわゆる名画だけでなくマネージャーの裁量で面白い(と思われる)映画がかかった、ヤクザ映画とか
- 150円とか200円で見ていた
- 兄から当時創刊されたばかりの「ぴあ」をもらって、名画座に行っては映画を見ていた
- 過去の監督作品についての流れから今川泰宏氏の話に
- 監督がハーモニー処理〔キャラクターの静止画をセル画調ではなく背景の画調で塗って印象を強める処理〕を多用するのは出崎統監督の影響かと聞かれて:出崎流のハーモニーとはちょっと違う。昔のアニメはヒキでハーモニーにすることがよくあったので、自分はその流れでやってる〔ということを言ってたはず〕
影響を受けた映画
- 『戦艦ポチョムキン』(1925)
- エイゼンシュテイン監督が自身の提唱するモンタージュ理論を実践した映画。特に有名なのがオデッサの階段のシーン
- 今見ると退屈なところもあるが、モンタージュ理論の先駆けとして現代のアニメにつながっている
- 映画は技術の進化とともに演出も進化していて、今では撮りたい画はほぼなんでも撮れる時代になっている。『トゥモローワールド』の10〜15分長回しワンカットの市街地戦とか
- ところが日本のアニメは映画のようには変化せず、今もモンタージュ理論でやっている。短いカットをつなぐやり方
- 監督はアニメーター出身ではないので、各カットを絵として作り込むよりはカットをどうつなぐかを重視している
- アニメのようなカット割の実写映画は、たとえば『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995)。名の知れたアニメーターが多数参加している。特にギャオスが飛び立って隣の島〔だったか?〕を襲うシーン
- カットは基本 FIX か PAN で、1カットの役割は1つ。状況を見せるなら状況、怖さを描くなら怖さ。1カットに何でもかんでも入れない。また OFF のカットが多い。犬が吠える、怪獣を映す、鎖が揺れる、家が壊れる、みたいな
- 〔FIX は固定画面。 PAN はカメラの位置を固定しつつ上下や左右に振るカメラワーク。 OFF は対象が画面外にあること〕
- 『虎の尾を踏む男達』(1945)
- 『椿三十郎』(1962)
- 三隅研次版『大菩薩峠』(1960)
- 『子連れ狼』(1972)
- ヒッチコックの『鳥』(1963)
- ヒッチコックはとにかく観客の心理をどう持っていくかを考えている。観客をどう楽しませるかを考えている監督
- 『サンダーバード』(1966)
- 『(秘)色情めす市場』(1974)
- true tears の乃絵が鶏を散歩させるシーンのイメージソース
- この作品の監督によるタイトル案は『処女懐胎』だったが、配給会社の日活がこのタイトルにした
- 日活ロマンポルノは10分に1回濡れ場を入れるのと、タイトルを日活が決める以外は会社が何も口出ししない、何をやってもいいのが決まり。意欲的な監督の実験場になっていた
- 当時はコストの関係でパートカラーといって一部だけカラーにする映画があったが、ロマンポルノは普通濡れ場をカラーにするのに、これは鶏を連れて散歩して通天閣に登るシーンがカラー
- 『江戸川乱歩の陰獣』(1977)
- 様式美の極みみたいなカットの連続。様式美はやりすぎると笑ってしまうが、これはギリギリでかっこいい。白い着物の女が画面奥に消えて赤い着物で戻ってくるみたいな〔色は逆だったかも〕
監督作品について
- 『ビリ犬』
- 原作は絶対尊重することを学んだ。辻褄が合わなくても。原作の藤子不二雄Aは勢いで描きたいのを描いちゃうから辻褄が合わないことがあるけど、それでも原作は絶対
- 濃いことはいいことだというのも学んだ
- 〔ビリ犬だったかどうか聞き漏らしたが〕ふとアニメを見ていて、ここでカットが切れてほしいというところで切れる。このうまいやつは誰だと思ったら自分がコンテを切っていた、ということがあった。生理的に好きなカット割があるようだ
- 『ハーメルンのバイオリン弾き』
- 脚本の今川氏と話をして、原作のギャグはカットしてでも、シリアスをとにかく徹底的にやろうと決めた
- 二人とも原作を愛するがゆえにやっているがなぜか原作クラッシャーなどと言われる
- ハーモニー処理をどんどん入れた
- 作曲の田中公平氏が予算を分捕ってしまってコストカットのためハーモニーを多用したという噂があるが、純粋に演出意図
- ハーモニーは止め絵だし1枚に手間がかかるしで、枚数出来高制の動画や彩色の人には不評
- 公爵「ハーメルンと同時期にエヴァをやっていたが、それに対抗する意図はあったか?」→エヴァは見てないが庵野監督は相当無茶をやっていた、生死を分けるような感じだった〔業界内でそう聞こえてきた的ニュアンス〕
- 脚本の今川氏と話をして、原作のギャグはカットしてでも、シリアスをとにかく徹底的にやろうと決めた
- 『封神演義』
- 反省材料の方が多い
- 『風人物語』
- 押井守監督の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』で演出をやって、以来半年に1回麻雀をやるくらいの仲だったが、仕事が空いたとき押井監督に仕事くれと言ったら半年くらいしてふっと風神物語を持ってきた
- 「麻雀はやっとくべき!」
- 公爵「西村監督が作詞したエンディングテーマ〔「夕陽の色だけ」〕の2番に“ジュンジスト”という言葉が出てくるが、これは自分のことか?」→そう。でも自分が書いたのではなく、手伝った人〔補作詞の児島由美氏か〕がいつの間にか入れてくれた
- 風人物語は、会社は風の能力者が悪を倒すみたいなことがやりたかったけど、押井氏は中学生日記とファンタジーを合わせたものをやりたいと言っていた。偉い人に企画を説明するとき、途中まで黙って聞いていたがつつくと自分の理論をドバーッとしゃべって、それで偉い人は押井さんがそういうならと納得していた。すごかった
- 『今日からマ王!』
- 『ばくおん!!』
- 原作者が強烈な人で、実際話した時に聞いたバイク哲学が面白すぎて、ヤバいネタ(バイク乗るくらいなら援交してろとか)も絶対やると固く決意した
- 『らんま熱闘編』『逮捕しちゃうぞ』は他の監督がやらないから回ってきた
- 『Dog Days』『ViVid Strike!』 も同じ感じ。ビビストは忘年会で角川の偉い人から回ってきた。「忘年会も行っとくべき!」
- ビビストは前作〔『魔法少女リリカルなのは ViVid』〕を原作サイドが納得してないみたいな流れがあって……
- 原作・脚本の都築氏が女の子にゲロを吐かせたい熱い思いがあった
- 監督は作品のバランス取りに尽力。美少女と格闘とゲロがどれも浮かないようにする仕事
後半
『シムーン』
- 〔26話の設定の秘蔵画をスライド上映。ワウフとその娘、パライエッタ、フローフ、ヴュラフ、ユンらしき人(宮守風の衣装)、アヌビトゥフとグラギエフ、など〕
- 26話〔最終話〕で全キャラを描きおろすなど普通のアニメではあり得ないがやってしまった。キャラデザ西田亜沙子氏が作品とは別に自分で描き溜めていた秘蔵キャラも入っていた。フローフとヴュラフがそれ
- 西田さんはキャラの生活感まで入れてデザインするのがうまい。そういうのを外してデザインだけにするとらしさがなくなる
- 西田さんも記号的キャラを描くのが嫌だった時期らしくシムーンは楽しんでいたとのこと
- 『ヤミと帽子と本の旅人』で西田氏が描いたスク水のキャラの設定画が制作の机の上にあり、それを見てこの人に頼みたいと決めた。記憶の中で変わっているかもしれないが、こっちを振り向いている絵だったはずで、そのお尻が良かった
- 11話でフロエといい感じになった青年兵マスティフと、2話で男性を選んだエリーことエリフが26話でつるんでたの知ってます?〔と挙手を取る〕
- シムーンのデザインは他で見たことのないものにしようと決めた。紆余曲折あってアンモナイトをモチーフにした
- ネヴィリルの高橋理恵子さんの声がいい。フワフワしたピンクの髪の美少女なのに呼ばれて振り向くとき「え゛?」と濁点がつく。そういう感じが欲しくて続く作品でもお願いした。(『true tears』のお母さんとか)
- 25話、泉での会話は堕落論〔坂口安吾の?〕をやってる
- できる人は自身が名言を持っている
- たとえば押井監督:「自分の見たことのない映画は存在しない」。見たこともない映画を気にして影響されるなということだと解釈している。見たことある映画からはちゃんと影響を受けろとも
- もうひとつ押井監督:ビューティフルドリーマーの制作で慌ただしかったとき、「状況も映画のうちだから」。制作がどんな状況でも先の心配せずやることをやれ、観客には分からないことだろうが、作る側としては現場の様子が作品に反映されるから、ということだと思っている
- プログラムピクチャを作る人が好き。三隅研次監督みたいな。自分を出しすぎず、周りの要求を飲み、そうして作った作品に作家性が滲んでいる、というのが好き。自分の作品をそのように見てくれている方がいるならそれはとても嬉しい
- 続編や新作に関して、
ピアノ演目
- 前半開始時:「美しければそれでいい」(『シムーン』オープニングテーマ)
- 前半終了時:「未完成協奏曲」(『ハーメルンのバイオリン弾き』オープニングテーマ)
- 後半開始時:「リフレクティア」(『true tears』オープニングテーマ)
- 後半終了時:「シムラークルム舞曲集 パストラーレ〜メヌエット〜ワルツ〜マージュ〜タンゴ」(『シムーン』劇伴5曲)
- アンコール:「ノクターン第2番作品9-2」(ショパン/『グラスリップ』挿入曲)
- アンコール:「夢を勝ちとろう」(『プロゴルファー猿』オープニングテーマ)
展示内容
以下、コメントは筆者によるもの
- シムーン関連の設定画
- アーエル初期デザイン案
- フロエデザイン案
- シムーンのコックピットから乗り出してキスをするアーエルとネヴィリル
- シムーン初期・後期デザイン案
- 礁国飛行戦艦(だったはず)の甲板付近のデザイン
- パイロットスーツ、制服、非番時のラフな服装、寝間着などの一覧
- どの服装のときクロス(羽根をモチーフにした首飾り)を着けているか・いないかが詳細に決まっているのが興味深い
- キャラクター身長比較図
- リモネの菓子設定
- 551の肉まんを食べているらしい
- ロードレアモンのぬいぐるみ設定
- 監督は手近な紙に設定などを書き留めるそうで、Production I.G のレイアウト用紙(?)に描かれた設定画も展示されていた(何が描かれているか失念)。なおシムーンの制作会社はスタジオディーン
- 他
- 閲覧不可の冊子類
- 監督が中高生時に参加した漫画の肉筆回覧誌数冊
- シムーン台本(ほぼ全部?)
- 閲覧可能な冊子類